猛暑が続く8月下旬。
お盆で大阪から帰ってきたうちを待っとったのは、いつも以上に仏頂面の壱葉やった。
「すまへんな、1人にさせてしもうて」
「……うん。おなか減った」
「せやな。うちもおなか減ったさかい、何でも作るで」
「手伝うよ」
荷物を玄関に置いた時、内線電話が鳴って壱葉が受話器を取る。そして、二言三言喋るとうちの所まで来た。
「葉実橋から。今すぐに談話室に来てくれって。実家で買ってきたお土産を皆に渡したいからって」
ハシバミのお土産? 何やろう、カツオのたたきがええな。
******
壱葉と一緒に談話室に来た時、おるのは“危険因子”と“監視者”がほぼ全員揃っとった。
「壱葉、青。こっちだ」
菖蒲に声をかけられてその一角に座ると、円卓テーブルには時計回りにハシバミ、八月一日、蓮――最近分かった事やけど、本名は蓮苅(れんが)っちゅうらしい――、翡翠、晶華の姐はん、菖蒲、零が座っとった。
そして、円卓テーブルにはハシバミのお土産と思われる高知の名産品が所狭しとあった。
「蒼夜は?」
「風邪こじらせて、医務室で唸っている。あいつは翡翠と違って、バカじゃないからな」
菖蒲の一言に翡翠が殺気立つと、晶華の姐はんが片手で制するとハシバミが手を鳴らした。
「じゃあ今から、土産手渡すき」
ハシバミがそれぞれに合った土産を手渡していく。というても、饅頭やったりゼリーやったり、揚げたイモに砂糖水を絡ませた菓子やった。
うちには、でかい発泡スチロールの箱やった。
「ハシバミ、何でうちにはこれやねん?」
「おんしにゃこれが一番だろ。さかしー指」
中にカツオのたたきらぁいろいろ入っちゅうから、ほき俺達の昼飯を作ってくれ、と付け加えて。うちは、久し振りにこの面子で食べる昼を作る事になった。
ちなみに。
発泡スチロールの中身は、確かにカツオのたたきと……サンマのみりん干し、かちりちりめん、鯖寿司、うつぼのたたきがあった。
ハシバミ曰く『高知でうつぼのたたきを食うのは法事ぐらい』らしい。
「その法事で食うっちゅううつぼのたたき、何で土産に持って来たんや?」
「……姉貴がうつぼのたたきを土産に持って行けってうるさかったから」
ハシバミの目がうつろになると、零が肩を黙って叩いた。どうやら、上に苦労しとんのはどこも同じやな。
あんたに宅配便が届いているよ、と寮のおばちゃんから連絡があった。留守番を壱葉にまかせたうちは、ハンコを持って玄関まで走る。そして、そこに待っとった宅配のあんちゃんの指示通り、受取印にハンコを押す。
送り主はおとんやった。中身は何やろ? ちょっとだけ楽しみや。…おかんとじいちゃんの送ったもんは全部大きなお世話やけど、おとんとばあちゃんの送ってくるもんは開けて見てのお楽しみが多いんやな、これが。
帰る途中でおばちゃんにお礼を兼ねたお世辞を言って、段ボール箱片手に部屋に帰宅。
「ただいま帰ったで~壱葉ー」
「お帰りー」
その後に聞こえてきた声は
「あがらせてもらっているぞ、青」
「お邪魔しているさー」
「こんにちは、青ちゃん」
部屋には壱葉の他に菖蒲、翡翠、晶華の姐はんがおった。
うちがリビングにかけられとる壁の時計を見た時、そろそろ近所のスーパーのタイムサービスまであと三十分を切るか切らん頃やった。テーブルに段ボール箱を置いて、部屋に走ってハンコを既定の場所へ、そして財布とエコバッグを取って玄関までダッシュせないかんなってしもうた。
「青、どっかに出かけるの?」
「そうや。壱葉ー、悪いけどなー。うち、今から夕飯の買い出しに行ってくるさかい、そこの段ボール箱よろしゅう。ついでに、うちが帰ってくるまで開けたらあかんでー」
「オッケー」
壱葉の返事を聞いたうちは、一目散にエコバッグを片手に一目散にスーパーへと走ったんや。壱葉達に、段ボール箱の中身すら教えずにな。
******
青が去った後、壱葉は段ボール箱をしげしげと見つめた。正面には宅配便に貼られている宛名の紙にはここの住所と青の名前と彼女の持ち物であるハンコ、送り主の名前と住所、中身が書かれている。
壱葉が中身の名前を見た時、顔が引きつって呟いた。
「…マジで?」
「どうした? いちよ…」
壱葉の呟きを聞いた菖蒲が彼女の元まで近づいて段ボール箱に張られている宛名の紙を見た時、顔をしかめて呟いた。
「紅ショウガ…?」
菖蒲が壱葉をみると、若干青ざめている。
「い、壱葉? 大丈夫か?」
「うん、平気…」
壱葉は夢遊病者のような足取りで部屋に戻って行った。菖蒲も慌てて彼女を支える。
何も知らない翡翠と晶華は、壱葉の様子を見て驚いき、菖蒲の説明を聞いて納得した。
******
買い物から帰ってきたうちを待っとったのは、若干青い顔をしとる一葉と心配しとる姐はんと翡翠、しょうが湯をつくっとる菖蒲やった。
「お帰り、青。遅かったな」
「タイムサービスラッシュに巻き込まれたんや」
「…ふうん。ところで、壱葉が段ボール箱の中身を見た時、気分を悪くしていたんだが」
「へ?」
うちは、段ボール箱の宛名を見てようやく納得した。
「壱葉、今日の晩ご飯はてんぷらやでー」
すると、壱葉が部屋から飛び出してきて
「青、お願いだからやめてー! 紅ショウガだけは…紅ショウガだけは…!」
と言うと、その場で卒倒してしもうた。それを見とった菖蒲が今にも愛銃を取り出しそうな気迫でうちに迫る。
「どう言う事だ?」
「壱葉、紅ショウガのてんぷら嫌いなんや」
うちは好きやけどな、と付け加えて。それを聞いた菖蒲は微妙な面で納得しとった。
天正村を出て、ヴァイスが通った道を歩く一行。その様子は、かなり…目立っていた。
和装の睦月や弥生はともかく、マントの楓に洋服の留衣に巫女装束姿のリン、白い着流しのヴァイスに服装よりも目つきと白髪、目の色のリュウ。事情を知らない人間から見たら『大道芸人』とか『根なし草の際物集団』にしか見えないだろう。
殿を務めているリュウは、前方を歩いている睦月に前々から疑問に思っていた事を訊いた。
「おい、睦月」
「…何だ? リュウ」
睦月の声と口調は、村を出る前に訊いた弥生より若干低い少女と冷静混じりの口調ではなく、初めて会った時の声と口調に戻っていた。
「お前さ…性別どっちだよ?」
「…女」
「だったら、何で男装してんだよ? お前、女なら」
女の格好しろよ、紛らわしーんだよ、とリュウが睦月に言う前に、喉元に脇差の白刃が、心臓部分にマニューリン MR73の銃口が突き付けられた。ちなみに白刃は睦月、銃口は留衣だ。
「俺がどんな格好でいようと、俺の意思でやっているんだ。お前に言われたくない」
「師匠、今のうちに言っておきますけど。冬兄の前で容姿についてあれやこれや言わない方があなたの身のためですよ。もし、今度冬兄の前で先程のようなことをおっしゃったりしたら…どうなるか、理解していますよね?」
7人の間に微妙な空気が流れる中、リンは腕を束ねて留衣に訊いた。
「おい、留衣。冬兄って…睦月か?」
「ええ」
リンに答えた留衣は、脇差を鞘に納めている睦月にアイコンタクトを寄こした。
――説明してあげなよ。
――面ど…
――早くして。
――了解。
「この時の俺の名前が季冬だから、留衣は冬兄って呼んでいるんだ」
できる事なら、この時は季冬って呼んでほしい。と続けると、リンは束ねていた腕を解いて了承し、弥生は「当たり前じゃん」とにっこり笑った。ヴァイスは黙ってうなずくと、楓は内心『面倒くさい』と呟いたが、留衣に眉間にIMI ジェリコ941の銃口を突き付けて半ば強引に了承させた。
リュウは、左手で後頭部を掻くと睦月に「悪かったな」と耳元で囁くと、懐をまさぐる。彼女の左手の平に何かを押し付けた。
「何だ? これ」
「あ…あれだ。詫びの品」
「…耳栓が?」睦月が怪訝そうな顔をすると、リュウは明後日の方向を向いて言った。
「あれだ、もし夜中寝る時に誰かのいびきで眠れねー時にでも使え」
「…わかった」
睦月は耳栓を懐にしまうと、先頭を歩いているリンが歩き出した。それに留衣と楓、ヴァイスと弥生、睦月、リュウの順に続く。
睦月はリュウの方を向いて呟いた。
「これからは気をつけろ」
その後、7人で話し合い。睦月の口調と態度、皆が彼女を呼ぶ時は7人以外がいる時は『季冬』で、7人がいる時は『睦月』に決まった。
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